2023.11.21
英国ファッションのアイコン
「バラクータ」の歴史
メンズファッション誌
「smart」元編集長
佐藤 誠二朗さん
メンズ雑誌「smart」をはじめ、これまで多数の編集・著作物を
手掛けている佐藤さん。
2018年11月には「ストリート・トラッド~メンズファッションは温故知新」
が発売。こちらを本屋で見かけて読まれた方もいるのでは!?
そんな佐藤さんが当店の取り扱いアイテムをコラムで
熱く語ってくれるコーナーです!
実はあまり知られていないブランドの歴史なども
これを見れば知ることができるかも!?
始まりはゴルフコースから
家業の小さなレインウェア工場を引き継ぐ形で、
1937年にジョンとアイザックのミラー兄弟が立ち上げたブランド「バラクータ」。
創業地は、イギリス・マンチェスター郊外のオールドトラフォードという町で、
ブランド名は、日本では「オキサワラ」と呼ばれる魚「Barracouta」の綴りを崩したものでした。
ミラー兄弟は、自分たちのブランドがいつかは海外進出すると信じていたので、
ニュージーランドやオーストラリアなど南半球に生息し、
エキゾチックな響きを持つ魚の名前を、ブランド名に採用したといいます。
創業直後のミラー兄弟が、真っ先に目をつけたのはゴルフウェア市場でした。
彼らは定期的にプレーしていたマンチェスター・ゴルフ・クラブで、ゴルファーを観察。
当時のゴルフウェアは実用的ではなかったので、特に雨降りの日に皆が苦労しているのを
目の当たりにし、ここにビジネスチャンスがあると見込みました。
今もブランドを代表するアイテムであるG9は、創業直後の1937 年に早くも、
イギリス軍のブルゾンをベースとしたプロトタイプが考案されています。
しかしミラー兄弟は、このジャケットには際立った特徴がないと感じ、
一計を案じます。そしてゴルフ仲間だったスコットランド貴族、
ラヴァト卿サイモン・クリストファー・ジョセフ・フレイザー男爵に掛け合い、
フレイザー家が受け継いできた伝統のタータンチェックを使用させてもらえないかと交渉しました。
フレイザー男爵は快諾し、1938 年、G9の原型ジャケットの裏地に、
赤いタータンチェックが施されるようになります。
戦禍の拡大によるインターバルを経た1947年、スタイリッシュで機能的な
まったく新しいゴルフウェアとして、G9ジャケットが発売されました。
「G」はゴルフ、「9」は同社の九番目の商品であることと、ゴルフコースの9ホールを表しています。
そんなバラクータ社とG9が大きく飛躍するのは、1950 年代に入ってからのことでした。
photo:ImagineGolf/iStock若者のライフスタイルウェアへ
G9を世に送り出したのち、ミラー兄弟は社内での役割分担を再考することにしました。
アイザックはアメリカ・ニューヨークへ行き、エンパイア・ステート・ビルディングの
一角に、販売およびマーケティングのオフィスを開設します。
するとさっそく、ニューヨークにあるポール・スチュアートのショップから、
バラクータの商品を販売したいという申し出がありました。
兄弟が創業当初から夢見ていた海外進出の第一歩が、こうして踏み出されます。
活気に満ちたその頃のアメリカは、エンターテインメントビジネスが
大きく花開き、きらめくようなスターが続々と登場するようになっていました。
イギリス生まれの洗練されたスポーツウェア、
バラクータG9ジャケットは、そんなスターたちの目にとまります。
最初は、エルヴィス・プレスリーでした。
彼は1958年の主演映画『闇に響く声』の劇中で、
バラクータG9を着て登場。するとそのスタイルはファンたちの間で評判となり、
G9に若者の関心が集まりはじめます。日常のワードローブとして
G9スタイルを積極的に取り入れたのは、アメリカ東海岸の
名門大学に通うアイビーリーガーでした。
これによってバラクータG9の立ち位置は、純粋なゴルフウェアから、
汎用性の高いライフスタイルウェアへと移行していきます。
1960年代初頭になると、バラクータの本国であるイギリスの若者たちの間でも、
アメリカからの逆輸入の形で、G9がブームになります。
その頃のイギリスの最新カルチャーであるモッズ、
その発展系であるスキンヘッズたちが、こぞってG9を着るようになったのです。
当時のイギリスのスターにも、G9の愛用者が数多くいました。
例えば、ヤードバーズに在籍していた当時のエリック・クラプトン。
彼はモッズ御用達のテレビ番組『レディ・ステディ・ゴー!』に、
バラクータG9を着て出演しています。
アイビーリーガー、モッズ、スキンヘッズといった、
流行最先端の若者ファッションに取り入れられたことと、
ムービースターやロックスターによる愛顧が相乗効果となり、
バラクータG9の人気は止まることなく高まっていきました。
永遠のアイテム化したG9
1964年から1969年にかけてアメリカで514話が放送され、
人気を博したホームコメディドラマ『ペイトンプレイス物語』で、
主人公のロドニー・ハリントンを演じた有名俳優ライアン・オニールは、
ほぼすべてのエピソードでバラクータG9を着用していました。
そのドラマの大ファンだったジョン・シモンズという人物が
アイビーショップをオープンした際、バラクータG9をショーウィンドウに
ずらりとに並べ、その横に「ハリントン・ジャケット」という札を掲げました。
その瞬間から、バラクータG9「ハリントン・ジャケット」
という有名な別名を持つようになったと言われています。
1966年にはアメリカの人気歌手フランク・シナトラが、
主演映画『クィーンメリー号の襲撃』の中でG9を着用。
1968年に公開されたアメリカのサスペンス映画『華麗なる賭け』では、
大富豪の実業家でありながら盗みに異常な情熱を燃やす主人公を
演じたスティーブ・マックイーンが着用します。
また、1970年代のUKパンクシーンでは、ザ・クラッシュなどのバンドがG9を愛用。
1940年代生まれのG9が、ポップカルチャーを象徴するアイテムとして、
時代を超えて定番化していきます。
1970年代にはザ・ジャム、1980年代にはスタイル・カウンシルを率いた
イギリスきっての洒落者、ポール・ウェラーもG9の熱心な愛用者でした。
1990年代のブリットポップブームの立役者、オアシスのノエル・ギャラガーや
ブラーのデーモン・アルバーン、21世紀の人気ロックバンド、レイザーライトや
フランツ・フェルディナンドのメンバーもG9の愛用者として知られています。
21世紀のスクリーンにもたびたび登場
G9は、スクリーンの世界でも恒久的な人気が続いています。
枚挙にいとまがないので、近年のものに限ってピックアップしてみましょう。
まずは、2008年に公開されたイギリス映画『007/慰めの報酬』。
この映画の中では、ジェームズ・ボンドを演じた
主演のダニエル・クレイグが、象徴的なシーンでG9を着用しています。
また、『ナイト&デイ』(2010年・米)のトム・クルーズ、
『キラー・エリート』(2011年・米)のジェイソン・ステイサム、
『裏切りのサーカス』(2011年・米)のトム・ハーディ、
『ハングオーバー!! 史上最悪の二日酔い、国境を越える』
(2011年・米)のブラッドリー・クーパー、
『ゲティ家の身代金』(2011年・米英合作)のマーク・ウォールバーグ、
『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』(2019年・米)
のレオナルド・ディカプリオ……。
これらの映画で、主演あるいは準主演のスターが、バラクータG9を羽織って登場しています。
バラクータは、今日のあらゆるメンズブルゾンの基礎を
築いたG9をベースに、さまざまな兄弟モデルも生み出しています。
その中で特におすすめしたいのは、1990年代にデビューしたモデルG4。
全体的な雰囲気はG9によく似ていますが、G9がゴルフ用として
開発されたのに対し、G4はドライビング用という役割を担うモデルです。
ゴルフという屋外スポーツでの使用を想定したG9は、
冷たい風が入らないうように袖や裾がリブになっているのが特徴です。
一方、車の中で着用することを想定したG4はリブを用いていないので、
ストンと落ちるような独特のシルエットに仕上がっています。
そのためレイヤードに向いていて着回ししやすく、
G9よりもあえてこちらを選ぶ人も多くいるようです。
G9もG4も時代を超えて愛される、定番中の定番アイテムです。
ベーシックなスタイルであるがゆえに自分色に染めるのも容易で、
手持ちのワードローブに合わせて色々なコーディネートが
できるのも良いところ。工夫次第、着方ひとつで、
若々しくも渋くも仕上げられる変幻自在のブルゾンなので、
一着持っていたらいつまでも楽しめるのではないかと思います。